青山哲士の経歴について紹介!出身はどこ?大学などの学歴は?

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青山哲士さんが今年の24時間テレビに三代目の岩田剛典さんの師匠としてライブアートに参加されます。

生放送中にいったいどんな作品が生まれるのか今から楽しみですね。

青山哲士さんの絵はみなさんご存じだと思いますが、青山哲士さんの経歴は?

青山哲士さんの出身は?

青山哲士さんの大学や学歴は?

など、知りたいですよね。

この記事では以下のことを紹介していきます。

青山哲士さんの経歴は?

自分探しをしたのちアクセサリーショップを立ち上げる。

小学校の頃からいつも明るく人気者だったが、忘れ物が多くじっとしていることが苦手でした。勉強より絵を描くことが大好きで教科書は落書きだらけ。好きな図画工作は集中力を発揮して好成績だったとか。

高校に入っても集団行動が苦手で、同級生たちとコミュニケーションが取れず、学校生活を楽しめずに悩み、1人で海外アーティストのライブに行くのが唯一の楽しみでした。

青山哲士さんは高校卒業後も仕事との付き合い方に苦慮し、点々と職場を変えるアルバイト生活が続いていました。24歳の時にアメリカへ自分探しの旅に出て、2か月かけて大陸横断を経験して帰国しました。

29歳の時に手先が器用だったので彫金術を極め、貯めていたお金でオリジナルアクセサリーショップをオープンさせます。

事業を拡大し店舗数は3店舗に。芸能人や歌手、スポーツ選手もファンになるブランドに成長しました。

42歳の時、哲士さんが8歳の時に亡くなったお父さんと同じ年齢に自分もなった。絵を趣味にしていて「50歳になったら仕事を辞めて東京で画家になる」という父の思いを継ぐことを人生の目標にし、「50歳で画家になる。」と決心します。

父の思いを継いで

2019年6月に夢を夢で終わらせないためにオリジナルアクセサリーショップを閉店しました。退路を断ったんですね!意志の強さがうかがえます。

そしてアーティスト活動をスタートさせます。独学で絵の具による制作を始めます。

さんま画商プロジェクトで有名に

2020年に日本テレビの「誰も知らないさんま」「さんま画商プロジェクト」第二弾に応募作品4500枚の応募作品の中から選出され、「明石家さんま画廊」に出品した3作品は開始30分以内で完売したそうです。

これをきっかけに注目され数々の個展で即完売されるなど、みんなに愛される画家に成長されました。

2023年にはフジテレビの「ぽかぽか」タイトルロゴやキャラクター「まんぷく昼太郎」のデザインもされています。

青山哲士さんの出身は?

青山哲士さんの出身地と生年月日

青山哲士さんは愛知県安城市出身です。

1971年10月8日生まれ。(2025年の誕生日で54歳になります。)
てんびん座ですね。

青山哲士さんはどこの大学?学歴は?

青山哲士さんの学歴は公表されていませんが、高校時代のエピソードや高校卒業後に仕事を辞めてアルバイト生活をしていたことから最終学歴は高卒と思われます。

大学への進学はしていないようです。

小学校、中学校、高校の頃の他の情報がないのでおそらく地元の公立の学校へ通っていた可能性が高いと思います。

ご自身が「10数年前にASP、ADHD、ASD、強迫性障害なんだと知った」と公表されています。子供のころから行きにくい世の中だな、自分は社会不適合者だなと思っていたとか。

しかしこれらの障害は、絵を描くには好都合だったのだそうです。色彩感覚や独創性にも富んだ発想力からくる創作意欲、描き上げるための集中力これらは、絵描きとしてとても有利な才能だと自覚しています。

まとめ

当記事では以下の事を紹介しました。

青山哲士さんは子供の頃から集団行動が苦手だった。

24歳のときにアメリカへ自分探しの旅に出る。

29歳でオリジナルアクセサリーショップをオープンさせます。

42歳の時に「50歳で画家になる」と決心する。

2019年にアクセサリーショップをすべて閉店する。

2020年に日本テレビの「誰も知らないさんま」「さんま画商プロジェクト」第二弾に応募作品が選出され、これをきっかけに有名に。

2023年にはフジテレビの「ぽかぽか」タイトルロゴやキャラクター「まんぷく昼太郎」のデザインも提供する。

青山哲士さんの出身は愛知県安城市で、大学には進学しておらず、最終学歴は高卒であると思われる。小学・中学・高校は地元の公立に通っていた可能性が高い。

青山哲士さんがこれからもファンに愛され、ますます活躍されることを応援します!

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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